ブックタイトル広報おおたわら 2017年9月号(№1242)

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概要

栃木県大田原市の広報おおたわら2017年9月号の電子書籍版です。

23 2017.9 今年の4月17日に着任し、スポーツの振興に関する活動を行っています。 少しずつではありますが活動内容も充実してきており、栃木SCホームゲーム『大田原市民デー』でのPR活動や、市民ハイキング、ニュースポーツの出前講座、『大田原エコポタ』などにも携わらせていただきました。 今後の活動としては、福祉施設での運動指導の継続と、大田原市健幸ポイントぷらすの「健幸ポイントサポーター」に登録しましたので、スポーツを通じて、市民の皆さまの健康づくりのお手伝いをできたらと思っております。 また、前職でサッカーの指導者(国体出場経験があります)をやっておりましたので、大田原市内の小学校・中学校・高校のサッカー部や、少年団・クラブチームでの指導や大会運営などでお手伝いができたらと考えておりますので、お声かけいただけたらと思います。地域のひろば市内プール水撒き大田原エコポタ参加領知朱印状第54回領知朱印状(寛文4 年4 月5 日付) 黒羽芭蕉の館 (54)4151 今回は黒羽藩主大関家に伝来した領知朱印状の内、最古のものを紹介します。本史料の寸法は縦46・5㎝ 、横65・3㎝ で、檀だん紙し(楮こうぞを原料とした厚手の良質な紙)が料紙として使用されています。 領知朱印状は、江戸幕府将軍徳川氏が各大名に対して従来の所領を引き続いて領有・支配することを承認した公文書で、日付の下には将軍の名前の印文のある朱印が捺されています。 本史料は4代将軍徳川家いえつな綱から寛文4年(1664)4月5日付で黒羽藩5代藩主大関主しゅめ馬(増ますなが栄)宛てに発給されたもので、これによって那須郡内64か村と芳賀郡内6か村の計1万8千石が大関家領として公認されるところとなったのです。なお、この1万8千石の領知高については、明治維新まで変わりませんでした。 本史料は当館大関記念室において展示中です。なす風土記の丘湯津上資料館(98)3768 仏教が日本に伝わったのは、六世紀中頃になります。記録によると、百くだら済の王から天皇へ仏像やお経が伝えられたとされています。そして、白はくほう鳳期(七世紀半ば)には地方にも仏教が伝わり、瓦からぶき葺の寺院が建立されます。那珂川町の浄じょう法ほう寺じ廃はい寺じや尾の草遺跡からは、白鳳期の瓦が出土しており、七世紀半ばには那須地域にも仏教が伝わっていたことがうかがえます。 また、那須町の堂どうだいら平遺跡からは小しょう金こん銅だいら仏(如にょらい来坐ざ像ぞう)と、堂跡と考えられる礎石が見つかっています。小金銅仏は九世紀から一〇世紀に造られたものとされており、那須地域に仏教が浸透していたことがわかります。この仏像に、人々は何を祈ったのでしょうか。 古代から中世初期の仏教をたどる第二五回特別展「那須の人々の心とほとけ」は九月一六日(土)から開催いたします。担当:宮みやもと本 欣きん吾ご隊員スポーツを通した健康づくりvol.14?仏への祈り③那須の仏教如にょらい来坐ざ像ぞう(堂平遺跡出土)【個人像】鐙あぶみがわら瓦(浄法寺廃寺出土)【那珂川町教育委員会所蔵】