ブックタイトル広報おおたわら 2016年8月号(№1229)

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概要

栃木県大田原市の広報おおたわら2016年8月号の電子書籍版です。

4大田原とうがらしの郷づくり推進協議会     会長 吉岡 博美さん     講話を行う吉岡さん まちおこしをという声が誰からともなくあがり、観光協会が大田原に観光資源をと考えたのが始まりだと聞いています。 その企画段階のなかで「この町独自の食(グルメ)が必要なのではないか?」という案が浮かびました。また、その食には大田原独自のストーリーがなくてはならないとも考えました。グルメとストーリーの両立に会議は難航しましたが、あるとき「大田原といえばとうがらしではないか?」という意見に満場一致で「それでいこう」となったと聞いています。大田原は歴史的に見てもとうがらしと縁が深い土地だったからでしょう。 大田原のとうがらしは昭和10年代から始まります。昭和25年頃から50年くらいが生産のピークで足の踏み場もないほど、とうがらしであふれていました。 その背景には、戦後において、ゼロから再開していく日本の資金源となる輸出品としての役割がありました。当時の日本の輸出品の中でシルクやお茶に次ぐ品目としてとうがらしは栽培されておりましたが、その生産量の全国第1位が大田原だったのです。 しかしその様な歴史も輸出品目が工業製品にシフトしていくことで終わりを迎えます。その境界がちょうど昭和50年頃でした。 知らず知らずのうちに埋もれてしまっている歴史ではあるかもしれませんが、とても価値ある史実だと思っています。 三鷹を生産してくれる農家は増えてはいるものの、需要が多いので、就農してくれる人が増えてほしいと思っています。 また、いまは三鷹の1品種のみですが、将来的にはハバネロやジョロキアなど、世界中の品種を大田原で栽培し、ここに来れば世界中のとうがらしを見て、味わうことのできる、まさにとうがらしのまちとして大田原を発展させていければと思っています。 今、協議会で育てているとうがらしは「栃木改良三鷹」と呼ばれる品種です。この品種は私の祖父が改良を重ねて発見したもので、大きな特徴のひとつに辛みが強いことが挙げられます。その特徴を生かし、協議会のメンバーはとうがらし商品をつくっています。グルメだけに限って言えば「三鷹」と「からあげ」をもじった「さんたからあげ」を新たな大田原市の名物として打ち出しました。 また、この品種は実がいっぺんに赤くなることに加え、乾燥させやすいので加工をしやすいという点でとても有能な品種であるといえます。組織の成り立ち歴史について今後について品種についてInterview インタビュー─ ─2016.8